12月下旬 夏沢鉱泉から硫黄岳
             
             メンバー     41年卒 稲吉、小田、斉藤、杉村、金子各OB 宮尾OB(蓼科山荘に参加)
             日時       12月23日(日)24日(月)25日(火)            
             コース      夏沢鉱泉から硫黄岳往復
             コースタイム  23日、新宿〜茅野〜夏沢鉱泉泊、
                       24日、鉱泉発7:15  オーレン小屋着8:10 夏沢峠着9:20 峠発9:35 
                            硫黄岳11:10  オーレン小屋発12:30  鉱泉着13:00  蓼科山荘泊
                       25日、蓼科山荘(宮尾OBの元勤務先保養所)〜茅野〜新宿 
  
 硫黄岳は久々に冬山の厳しさを体験した山行でした。
 今回は夏沢鉱泉まで送迎付で、2060mの宿から、2430mの夏沢峠を経由して、2760mの硫黄岳に登る、標高差700mの行程は、箱根駅伝の箱根の山登りの標高差860mより少なく、技術的にも体力的にも、楽勝ムードで出かけました。
 それでも冬山ですから、万一に備えてザイル、各自確保用のベルトとスリング、ガスコンロ2台と食料、風の名所の硫黄岳ですから風対策の防寒準備は充分に気を使って整えて行きました。
 結果、自然の猛威は、昔の多少の経験によるごまかしでは対応出来ず、もろに私たち老体に襲って来たのです。あの凍えるような寒さ、冷たさ、唸るような風、はっきりしない不安定な斜面、ホワイトアウトの恐怖など、冬山に普通に存在する様々なものが同時に押し寄せてきて、入山前の楽勝、楽観ムードは瞬時に吹き飛び、もう寒い冬山はこりごりになりました。
一瞬厚い雲を通して陽の光が見えましたが、直ぐに消えてしまいます。
12月23日
 夏沢鉱泉送迎サービスによって、茅野駅まで四駆で迎えにきてもらいます。途中桜平の駐車場から、おむすびのようなキャタピラの着いた雪上車に乗換え、途中2箇所、沢に入って渡りながら夏沢鉱泉に向かいます。
 夏沢鉱泉です。築10年の堂々たる山荘で、硫黄岳山荘と根石山荘と同じ経営です。ここは標高2000m。冬の最中、ここまで一歩も歩かずに来られるだけでもありがたいです。岳友たちは荷物が多いため、ザックの他に手で袋を提げてきました。歩かないのでそんな芸当も可能です。
12月24日
 晴れの予報が外れ、途中パラパラ雪が降るはっきりしない天気です。視界が良くないのが気がかりです。積雪は1m位ですが、前日数パーティが峠まで入ったのでトレースは残っています。
 前日にかなりの雪が降ったため、樹木が雪に覆われとても美しいです。雪を冠った八ヶ岳のしらびそ林は独特の美しさがありますので、これを見るだけでも、冬に来る価値はあるように想います。
 1時間程でオーレン小屋に着きました。昔から名前だけは聞いていた小屋ですが、初めて見る小屋は2棟建て新築の堂々たるものです。もちろんこの時期は無人です。オーレン小屋という不思議な名は黄蓮小屋の意味だそうです。  オーレン小屋から登るにしたがって雪が多くなります。急な登りもなく夏沢峠に着きました。風が強く荒涼たる峠です。ここから吹きさらしの稜線が始まるため、風を除けて小屋陰で完全な冬山装束に調えますが、作業をしていると手の感覚が無くなって来ます。
 この斜面の下で先行のパーティが強風のため引き返してきました。樹林帯を抜け疎林帯に入ると、猛烈な風が襲ってきました。  疎林帯の斜面は雪が吹き溜まりラッセルを強いられます。急なため足場が固まりにくく消耗します。
 疎林帯を抜けると猛烈なブリザードが絶え間なく吹き、視界も悪く斜面が横に広いためルートを見つけるのに苦慮します。  やっと見つけたルートも吹き溜まりのラッセルと、岩が露出したクラスト斜面が交互に現れ不愉快です。強風のため片足を上げる際、気を付けないと体ごと飛ばされそうです。
 もう少し視界が良ければと思いますが、辿ったトレースも地吹雪で直ぐ消されてしまいます。  40年以上前の記憶では、左へ寄ると爆裂火口があるため、稜線を辿らず巻き気味に登ります。
 風が唸る音で、会話が聞き取れません。大声で怒鳴り合って話しますす。  帰路のホワイトアウトの恐怖でピークを直ぐに退散します。視界はますます悪くなってきました。
 皮肉なことに帰路、峠に近づくにつれガスが流れて視界が徐々に良くなり、峠に着く頃は佐久側の山麓も見渡せるようになりました。
 風が渦巻く夏沢峠でとても休む気にもならず、一気にオーレン小屋まで下ってきました。ここは無風で、全く天国と地獄です。
 樹木の間から時折陽も射してきて、木々の雪が輝き、美しい光景です。  稜線は風が渦巻いているのでしようが、雲が流れ硫黄岳も姿を現してきました。何も見えなかったので、ここで改めて辿ってきたルートを確認し合いました。



   11月中旬  天神尾根から谷川岳
              メンバー   41年卒  斉藤、杉村、稲吉、小田、秋野、金子各OB
              日時     11月17日(土)
              コース    天神尾根〜谷川岳往復
              タイム    天神ロープウェイ頂上駅 9;15発、谷川ピーク12:30
                      天神ロープウェイ頂上駅15:45着
 高速道で水上に近づくと、前方に新雪を冠った谷川岳が見えてきました。事前に谷川登山センターに問い合わせた際には、雪は積もっていないという話でしたが、土合に着いて聞いたところ、前日、前々日の寒波で雪が積もったそうです。

 新雪を求めて来たとはいえ、現実に雪の峰に対面すると緊張が走ります。

 天神尾根は短いとはいえ、私たちにはちょうど良く変化に富んだ充実した山行でした。朝の快晴が一時間と持ちませんでしたが、ピークに登る際は、強風でガスが飛ばされ、青空が拡がり全くツイテいました。

 下山して帰京組と温泉組に別れましたが、翌日午後、紅葉の水上に20cmの積雪があり、はからずもこの日が秋山のラストシャンスだったのです。
土合から見た谷川のトマノ耳とオキノ耳の双耳峰。雪を冠った谷川は迫力十分です。
 天神平ロープウエイ頂上駅にて。早朝のためクラストしています。  白毛門、笠が岳、朝日岳の稜線です。晩秋というより既に冬のたたずまいです。
 熊穴沢避難小屋から鎖場の斜面が3箇所続きます。無雪期ですと印象が薄い場所ですが、雪が着くと3点確保を強いられます。  朝の快晴がうそのように辺りはガスに包まれて何も見えなくなりました。高度を増すにつれ風も強まってきました。
 天神ザンゲ岩を過ぎると広い雪の斜面にかかります。風が強くじっと足元だけを見ながら登ります。  肩の小屋に着きました。小屋は閉鎖しています。小屋の裏手にザックを置いてピストンにかかります。
 運の良いことに強い風が霧を吹き飛ばして、時折青空が見えるようになりました。  青空の中のトマノ耳のピークです。ツイテいます。風が強くマチガ沢に飛ばされそうです。記念写真を済ませ早々とピークを後にします。
 一ノ倉から茂倉岳の稜線です。眼下に万太郎谷が広がっています。万太郎、仙ノ倉の稜線は雲の中で見えません。  下りは迷わずアイゼンを装着します。肩の小屋を後にしたら回りは再びガスに包まれてしまいました。



10月中旬 桧枝岐から会津駒ケ岳
            
            メンバー   41年卒   杉村、稲吉、秋野、宮尾、金子 各OB
            日時     10月14日(日)、15日(月)
            コース    桧枝岐〜会津駒ケ岳
            タイム    桧枝岐前泊、会津駒ケ岳登山口発 6;45 会津駒ケ岳ピーク着 11;00
                    登山口帰着 14;00

 桧枝岐から会津駒ケ岳はぜひ行って見たかったところでした。しかし桧枝岐は遠く、東北道の西那須野塩原ICを降りてからも、距離で100K、時間では走り続けて2時間を要します。

 紅葉の時期を狙って桧枝岐で前泊し、早朝立ちで会津駒ケ岳往復し、温泉で汗を流しその日の内に帰京する行程でした。

 結果として、ピーク付近の草紅葉は終わっていましたが、温暖化のため全般に紅葉は遅れており、中腹はピーク前、麓の紅葉はまだまだでした。植生を見ると会津駒より麓の桧枝岐の方が、紅葉の最盛期は見事だろうと想います。

 悪天ではなかったのですが、曇りがちで光に乏しく彩の鮮やかさが不足し、秋山の美しさを堪能するにはイマイチでしたが、紅葉と出湯と山が揃った最高の贅沢を味わいました。
森林限界を越えると大草原が拡がっています。これが会津駒の魅力です。
 桧枝岐の民宿おぜぐちです。この宿は登山口近くに位置していてアクセスが良く、しかも若くて熱心なご夫妻がもてなしてくれる印象的な宿でした。もちろんかけ流しの温泉ですが、目と鼻の先に村の温泉施設もあります。  宿から登山口まで車で登ります。登山口の駐車場は3箇所ありますが、駐車可能台数は20台位でしようか。月曜日なのに半分は埋まっていました。登山口は特徴のある木の階段です。
 取り付きから2時間位は樹林帯の急登が続きます。高度を上げるにつれブナやクヌギ、ミズナラなどが黄葉して行きます。  熊除けの鈴というよりモンゴルのヤクのベルを鳴らしながら、黄葉の樹林を辿ると、草原に至る木道が現れ森林限界を抜けたことが判ります。
 歳をとるとピークを踏むより、森林限界を抜けるときの方が、嬉しくなるのです。  秋の山は冷たい風が吹き、休憩していると寒くなるので早々とピークを目指します。
 会津駒のピークは、熊笹に覆われ見通しが良くないですが、ピークを少し下り中門岳への稜線は草原が拡がっています。でもガスに覆われ視界は僅かです。  ピークの下に駒の小屋があります。この小屋は食事なしの寝具付素泊まりの営業です。この日で営業は終わりで、管理人の人は清掃で急がしそうです。寒いので冬季小屋でガスを炊いて昼食にします。
 盛りを過ぎた草紅葉の草原をゆっくり下ります。  ここを訪れる一週間前の朝日の夕刊に、この草原mの写真が掲載されていました。



10月上旬〜中旬 
バイクツアーによる鳥取大山・愛媛石鎚山・徳島剣山

              メンバー    斉藤OB(41年卒)単独
              期日      10月4日〜10月19日 16日間
              コース     10月8日    鳥取・大山
                       10月12日   愛媛・石鎚山
                       10月15日   徳島・剣山
 以下文は斉藤OBの寄稿です。

 会社を定年退職した時に、これから何をやりたいのか自問してみたら、いくつか思いつく中に、若い頃ほぼ 10年続けた山登り、中年の頃ほぼ5年続けたバイクツアーの再開がありました。この二つを実現する方策として、バイクで日本一周して、通過地域に「百名山」があるならばこれも登ってみようという計画をたてて見ました。

 一昨年7月にバイクで東北から北海道を一周し、途中、知床の羅臼岳と大雪山の旭岳に登りました。
昨年8月にはバイクで立山山麓まで行き、単独で剱岳に登り、その後同期で薬師岳に登ったりしましたので日本一周はお休みとしました。

 今年に入り、日本の南半分を走ることを検討しましたが、九州まで入れると一ヶ月は掛かってしまうので、九州は来年に回し、暑さが去った10月に北陸、中国、四国、紀伊を回り、鳥取の大山、愛媛の石鎚山、徳島の剣山を登ることにしました。
 10月4日出発、10月19日帰宅、途中、能登の総持寺、永平寺、東尋坊、天の橋立 、鳥取砂丘、出雲大社、厳島神社、広島平和公園、東大寺、法隆寺、高野山、伊勢神宮等々にも寄りましたが、神社、仏閣、平和公園等々は稲門山の会のHPに沿うものでないので割愛しました。
羅臼岳・大雪山・剱岳・薬師岳
 知床半島、羅臼岳ピークにて、2005年7月 大雪山旭岳のお花畑  2005年7月
剱岳ピークにて、 2006年8月  薬師岳 2006年8月  この時バイクで有峰口から折立まで入りましたが砂利の山道にバイクがなじまず、谷底に落ちるのではないかと、剱岳のタテバイ・ヨコバイより怖い思いをしました。
鳥取・大山
 10月7日午後、鳥取砂丘を訪れた後、大山町に向かいました。左手に大山が見え出した頃、雲が湧き出し残念ながら頂上は確認できませんでした。  大山寺直前に大山の岩壁が展望できる場所に出ましたが、稜線には雲がかかっていました。大山寺の案内所で宿を紹介してもらい民宿に泊まりました。翌日は体育の日で休みなのに、ほとんど宿泊者はいません。前線通過で明日の天気は最悪のようです。
 10月8日、予想通りの大雨でした。危険なら引き返す前提で、午前8時、登山を開始しました。雨具を着て笠をさして最初の階段を登ります。左手の谷には濁流が流れ、石の階段も雨水が滝のように流れていました。  石の階段が終わると、次は木で支えられた階段となり、急な階段状の道を登り続けました。この道は一時間半以上も続きます。こんな長い登りぱなしの階段は、日本の山では珍しいです。安全ではありますが、もの凄く疲れました。外の雨、内の汗で身体はびしょ濡れになりました。
 雨は6合目避難小屋周辺で弱まり、木の階段から木道に変わった頃から霧になりました。頂上避難小屋に若い人たちが2人いただけで、人に会いませんでした。避難小屋から頂上までは、ほんの数分で騙された感じがしました。弥山頂上着は午前10時45分。頂上には「大山頂上」とある大きな人工の石が置いてありました。  頂上から剣ヶ峰への縦走路は通行禁止です。下りは石室を経由して、6合目避難小屋で弁当を食べ、麓の大山寺に着いたのは午後1時15分。川の濁流は変わっていませんでしたが、雨は上がっていました。
愛媛・石鎚山
 10月11日午後天気晴れ、西瀬戸自動車道で四国に入り、今治南で高速を降り、旧西条市を経由して石鎚山を目指します。山間部に入り、かなり深い谷を登って行くと、西之川ロープウェイの乗り口に出ます。バイクは下に残して、ロープウェイで石鎚山成就社まで登り、ここの旅館に一泊しました。宿周辺には高い木があり、雲も出て石鎚山は見えませんでした。  10月12日、朝起きると快晴でした。午前6時30分出発。最初何か損する感じで八丁平を下ります。鞍部から急登が始まり、1時間も歩くと不動の水に出ます。ここに「試しの鎖場」がありますが、スキップします。この辺りから石鎚山が目の前に出てきて、弥山から天狗岳への岩壁が迫力を持って迫ってきました。
 頂上付近では紅葉が始まっています。青い空と木々の紅葉の間で、灰色の岩壁が映えます。  石鎚山天狗岳の岩場です。
 鎖場には巻き道がついており、一般の登山者は巻き道を使いますが、オールドアルピニストとしては、鎖場を登るのが宿命のように思えます。「一の鎖場40M」はさほど苦労なく登れました。上の写真の「二の鎖場50M」もまだ余裕を持って登る事ができました。  上の写真は下から見た「三の鎖場60M」ですが、この鎖場は足場が無くて腕力も落ちてきて、ひっとしたら落ちるかなと怖い思いもいたしました。
 ほとんどない足場を、腕力のみでなんとか登り切ると、そこが弥山頂上でした。写真は上から見た恐怖の「三の鎖場60M」です。この鎖場の鎖は直径10cmぐらい大きく重いものでした。大きいとはいえ登山靴の足場には出来ず、足袋で登る行者の足場になるのだろうと推察しました。  頂上着は午前9時15分。弥山から直ぐ近くに天狗岳があります。
 弥山からは天狗岳は岩稜で、左側は絶壁ですが、右側よりに足跡があります。足跡を辿れば天狗岳の頂上に出ますが、なかなかの岩場で緊張します。  午前9時30分、天狗岳着。小休止後、弥山に戻り、下山を開始します。帰りは鎖場を避けて巻き道を下ります。午後12時30分、成就社に戻りました。頂上まで運んだ弁当をここで食べて、ロープウェイで下ります。
 午後バイクをピックアップし松山に向かいました。本日は体力も使ったので、道後温泉で休息することにしました。
徳島・剣山
 10月15日午前、剣山を目指して国道を走ります。徳島の剣山は深田久弥の「日本百名山」に入っていますが、山鋭き故の剣ではないので、あまり興味はありませんでした。しかし徳島から高松に出る途中にある山なので、天気と時間に恵まれたら登る事にしました。山道に入るとこれが国道かと疑うほど、道は狭く、谷は深く緊張の連続でした。「もうこんな道、嫌だ」と思った時、平地が出てきて駐車場があって、ここが剣山登山口の見の越でした。
 リフトに乗れば頂上まで1時間くらいとのことなので、頂上を」目指すことにしました。天気は曇り勝ちで山頂は見えません。木々の紅葉が始まる中、身の越駅でリフトに乗り、300M登って西島駅で降ります。頂上は霧で見えませんが、すぐ近くのようでした。1時間弱歩くと鳥居が出てきて山小屋が出てきます。この山小屋を抜けると草原に出てここが頂上のようです。右手にあるのが宝蔵石と思われます。  広い頂上には小屋や観測所や塔があって、深山には思えず、期待はずれの感がありました。縦横に木道があり、木道沿いに南に進むと剣山の三角点に出ます。
 ここが剣山のピークです。  前方にはジロウギュウに続くすっきりした尾根があります。
 下りは御神石を左に見て大剣神社経由して下ります。  西島駅でリフトに乗り、左右の紅葉を愛でながら剣山登山を終えました。剣山はアプローチが困難、登山は簡単。紛れもない四国の深山でしょうが、アプロトーチが無ければ「百名山」に入らないだろうと思いました。
身の越で暖かい讃岐うどんを食べ、高松に向かいました。国道とは名ばかりの相変わらずの山間部の幅狭の悪路には悩まされました。
 以上で紀行は終わりです。来年はバイクで九州を回り九州の名山を登って、日本一周を終えたいと思っています。日本一周が海岸線全てを走破することであれば、まだまだ走るところがあり、気力、体力、資力の維持が課題です。


10月上旬 錦秋の剱岳仙人池紀行
 
   以下文は松村OBの寄稿です。

      5月の『涸沢超旧人合宿?』の帰途、秋には、それぞれに多くの思い出のある剱岳を眺める山行にしようと衆議一決。
     万全の山行計画に異才を発揮する斉藤(洋)君(40年卒)が『錦秋の仙人池遠征(剱・黒部峡谷ノンピークの山旅)』と
     称する企画を作成してくれて、夏の終わりから多くの人たちに幅広く声を掛けたが、参加したのは結局4名であった。

          メンバー    L 松村(38年卒)、三木(37年卒)、栗又(38年卒)、、保屋野(40年卒) 各OB
          日時      10月2日(火)〜10月6日(土)
          コース     室堂〜剱沢〜仙人池〜欅平

左から松村,保屋野、三木、栗又OB
     以下は栗又OBからの短歌を主とした寄稿です。

                             仙人池より剱を望む                            

          かねてより仙人池からの剱を描きたかった。
         宇奈月から入るにしろ、剱沢から下るにせよ、一人で入るには躊躇していた矢先、斉藤(洋)からの
         企画が舞い込んだ。室堂から入り剱沢を下って仙人池にはいる。帰りは仙人温泉から雲切新道を下り
         阿曽原温泉、欅平に下る、といういう。
         この企画に乗って待望の仙人池に入ることにした。

          二日間かけて入った仙人池はまさに絶景、水面には八ッ峰、チンネ、ジャンダルム、三の窓、小窓の王などが
         うつり、紅葉には少し早かったとは言え、赤い実をつけたナナカマドが美しく気を吐いていた。

             短歌5首
             剱沢アイゼンつけて雪渓を下る先にはクレバスの穴
             仙人池水面にうつる八ッ峰の鋭き岩肌紅葉にはゆる
             ヒュッテよりながむる山は八ッ峰を守るがごときチンネの岩峰
             池面にもうつる岩壁ジャンダルムわずかな雪渓色あせて見ゆ
             仙人の小屋を仕切るは八十路すぎ岳人いやす名物おかみ

         栗又OBがこの仙人池を描く絵は、4月に新国立美術館で開催される美術展に出品すべく制作中です。(管理人註)
 以下再び松村OBの寄稿が続きます。
   
    10月2日 (火) 
    
新宿発(高速バス)8:00〜11:40信濃大町着  大町発(バス)12:40〜13:10扇沢着 扇沢発(アルペンルート)13:30〜13:40

     黒部ダム着  黒部湖発(トロリー)14:00〜14:05黒部平着 黒部平発(ロープウェイ)14:20〜大観峰・大観峰発(トロリー)14:45
     〜室堂着〜雷鳥荘着(16:00)

     今年は紅葉が10日近く遅れているとのこと、おまけに降り出した雨で、あまり景観を楽しむこともできない。しばらくぶりに訪れた室堂は道も
     舗装され観光客が多い。しかし地名の通りここかしこに雷鳥の姿と鳴き声が迎えてくれる。
    
    10月3日
 (水)
     雷鳥荘発5:40〜7:46剱御前小屋 7:58〜8:38剱沢小屋〜10:10平蔵谷出合〜11:30真砂沢ロッジ12:00〜13:15吊橋
     13:20〜13:30仙人新道入口16:00 仙人峠〜16:20仙人小屋
     
     5時起床。今日の行程はガイドブックの標準所要時間でも8時間余。前夜頼んでおいた弁当を大急ぎで食べて出発。霜が降りて
     滑りやすい木道をしばらく行くと、背後に大日岳が朝日に輝いている。
地獄谷を後に 朝日のあたる大日岳
 
 かなり高度を稼いだと思う頃にようやく剱御前小屋に至る。剱岳を舞台にした映画の撮影がちょうど行われているところと、そのスタッフから聞く。
 剱沢小屋の場所も学生時代とは変わり、そう言えば標高も当時の3003mは卒業後に2998mとマイナス修正、そして現在では2999mで決着したことを思い出す。
 変わらないのは、剱岳の主峰の威容と大まかで堂々たる岩壁の連なりである。剱沢小屋で雪渓の状況を聞く。今年は例年より雪が多く未だに大きく残っている由。アイゼンを着けるよう強く注意された。

 ここで三木さんは、予定を変更して、昔懐かしい剱沢でセンチメンタル・ジャニーを楽しむことになり、以降は3人で行く事にする。

 
別山乗越にて
真昼の月 剱沢右岸を辿る
  若かりし頃に剱沢小屋辺りに張った天幕から、苦もなく通ったルートも今は結構なアルバイトである。しかし、我々のほかに人影もなく青い空、雪渓の向こうに迫る灰褐色の岩壁と這松の緑に酔う思いで剱沢右岸を辿る
     
平蔵谷のクレバス
 やがて平蔵谷を眺めながら雪渓に下りる。秋も深まってからの雪渓は硬く締まって歩きにくく大きなクレバスも開いているが、アイゼンを着けるほどのことはないのでそのまま行く。
長次郎谷
 長次郎の雪渓との、伸び伸びした合流点から八ッ峰方向を眺めて下ると、真砂沢に至り剱沢の左岸に移る。シュルンドも殆どなく問題はない。
 
 河原歩きで二股に着く。吊橋を渡ると仙人新道の急な登りが待っている。
 樹林帯をひたすら登るが時々視界が開けて三の窓雪渓や小窓が見え胸が躍る。ここまでは快晴であったが、ガスが出てきて時々雨がぱらつく。ガスの去来する剱の岩と急峻な雪渓の眺めも好もしい。

 絶景と回想に痺れるような今日の漫歩も10時間を越え、さすがに疲労を感じる頃にようやく仙人小屋に着く。先ずはビールそして名物の池を前景にした八ッ峰方面の、まるで絵葉書そのものの景色に見入る。

 小屋には風呂あり、名物の女主人が皆に優しく食事のお代りを勧めてくれる。数十万円のカメラを抱えた中高年カメラマンのメッカでもあるようだ。朝日に映える池越の岩稜を撮るための場所確保のため、夜中に起きてカメラの三脚を立てに行く人もいるそうな。

 我らが映像芸術家の保屋野君は成り行きに任せて眠る。
真砂沢付近のスノーブリッジ
 この写真では実感をつかみがたいが見事なスノーブリッジが残っている。これで雪渓は終わり。
 真砂沢ロッジ付近は、我々同様な中高年登山者もいてかなりの賑わいである。途中で景色に見惚れてのんびりムードで来たせいか予想より1時間は遅れている。
                            10月4日(木)
6時に起床。
 のんびりと朝食を済ませ、大分高くなってしまった朝日に映える八ッ峰を遠景にして記念撮影。快晴の空の下で見るここからの剱は主峰は見えないが、八ッ峰のすべてとチンネ、かすかにクレオパトラ・ニードルまで見ることができる。

 学生時代に眺めていた景色とは反対に、裏側からとも言うべき眺めは、まさに筆舌につくし難い。その頃に、さして高度感も感じずにいた八ッ峰も、5・6のコルの深い切れこみはもとより一つ一つの鋭鋒があんなに急峻だったかと改めて驚き、今はもうとても無理だなと思わずにはいられない。
仙人池にて八つ峰をバックに
荷揚げのヘリを眺める
 栗又画伯と保屋野キャパは芸術心を満たし傑作をものするため、予定通りもう一泊。芸術心と資力に欠ける松村は下山のため7時に小屋を出る。
池の平から八ッ峰・チンネを一望に
 芸術家組は荷揚げに来たヘリを見物した後、保屋野は池の平方面にカメラを担いでピストン、栗又は池周辺にて絵筆を動かす。
                        
以下は松村の記録に翌5日(金)に下った2人の記録の併記である。

 
 歩きにくい雲切新道をひたすら下り木橋を渡ってようやく仙人ダムへの平坦な道に出る。阿曽原への水平道路は、先ず仙人ダムの建物の中に入る。まるで工場の構内のような廊下を過ぎて高熱隧道を通る。確かに暑い。出口には熊の進入を防ぐため必ず扉を閉めるよう注意書きがある。登り返しのあと再び水平道に出て、それが切れて一気に下ると阿曽原温泉小屋にたどり着く。12時30分。そのまま欅平へと思ったがビールを飲んだら、歩く気持ちもなくなって、野天風呂へ。しばらくして激しい雨。翌日まで続く。
仙人谷を渡る

 なお、仙人池から阿曽原までのルート中、仙人湯と仙人ダム間には2006年から「雲切新道」が開拓されている。コースタイムは資料によってまちまちである。
 仙人小屋で聞くと阿曽原まで6時間とのことで事実5時間余りで歩く事ができ、阿曽原の小屋では速いとおだてられて、缶ビールを1本余分に飲む羽目になった。
 しかし山道は充分踏まれていないためか実際には、もっと大変なようで後続の人たちに聞くと8時間弱と言い、栗又・保屋野組は特に雨の中を下ったため8時間を要している。

(栗又組ー10月5日・7:10小屋を出発〜9:15仙人温泉小屋から泥濘の雲切新道を下る〜15:25 雨もやみ阿曽原小屋着)




左は飛流峡
10月5日(金)
やれやれー欅平駅にて  
 5時に起きると沛然たる雨。作っておいてもらった弁当を急ぎ食べて、雨具を着けて6時出発。水平歩道に出るまでの登り返しがきつい。登りきると楽なプロムナードになるが垂直の岩壁をくり抜いた道で右側は黒部川に垂直に切れ落ちていてスリル満点である。
折尾谷手前の滝は雨のための増水もあって素晴らしい景観。頭上の岩からは雨が滝のように降り注ぎ、傘をさすと身体が振られて危険だ。雨と汗に濡れ、意外に低い岩の天井にしたたか頭をぶつける。
今日一番で独り歩いていると本で読んだ熊の話を思い出す。冬眠前に干物でも食うことを思いついた美食家の熊に断崖で鉢合わせすることを恐れ、あまり効果はないと思うが時折大声で何かを怒鳴ってみたりする。
 堰堤のトンネルを潜り、圧倒的な高度を感じる大太鼓を過ぎ、やがて志合谷のトンネルに至る。距離は150m程なのだろうが、ヘッドランプを点けても、水の流れる足元がかすかに見える程度で殆ど先は見えない。小屋で教わったとおりひたすら右側の岩に沿って姿勢を低くして歩く。
 最後の送電線の鉄塔に出る辺り雨も上がり日が照る。後から下ってきたうら若い女性二人に追いつかれる。聞けば小生より30分も後に小屋を出た由。華やかに軽やかに笑いながらあっさり追い越してゆく二人をヨロヨロと追うが完全に振り切られる。淋しい。高年登山者は哀しい。
欅平駅着10時15分、悪くないペースであったが疲れた。

(栗又組−10月6日・阿曽原小屋6:40発〜9:40 トンネル〜12:10
欅平駅)
 欅平からはトロッコ電車に乗り20Kmを1時間15分程度宇奈月へ。
秋とは思えぬ日差しと快い風に服が乾いてゆくのも嬉しい。
 宇奈月では旅館の温泉より公衆浴場の温泉が実利的だと駅員さんの勧めで、駅近くの銭湯に行く。さっぱりして大ジョッキで独り乾杯。
トロッコ電車で宇奈月へ
おまけの行程・ 昔を思い出させる舌山駅

 帰宅の足は新魚津に出て特急と新幹線に乗り継ぐことも考えられたが、経費節減で高速バスに乗ることとする。
 飲み屋での支払いに比べて、山に来るとなぜこうも質素堅実になるのか訝るほどである。阿曽原小屋で聞くと、高速バスに乗るためには富山駅に行くより、富山地方鉄道本線の宇奈月温泉駅から舌山駅行き黒部インターまで「15分位かな」を歩くのが良いとのこと。念のためバス会社に電話で聞くと30分以上歩くとのこと、駅員もいない舌山駅前で作業中の人に聞くと、歩いたことがないので分からないが3〜40分かなとのこと。
(確かにインターに徒歩で行く人はあまりいないだろう)
たどり着いたバス停

 靴紐を結びなおして、あんな大きな目標にたどり着けない訳はないと、歩き出したが高速道路は見えるがインターの所在が分からない。
 聞く人もいない田んぼの中を、べそをかきながらかっきり30分歩き回ってたどり着いたのが、今回の一番のシゴキでした。しかし高速バスは時間は正確、リクライニング・シートに身を任せ。うとうとするのは実に快適でした。