14年11月中旬  現役学生 天覧山RCT
 日程:14年11月16日                                                                         豊田OB記
参加者;現役学生 今村さん(3年)、真藤君(1年)、マライアさん(3年)
      OB  井村、豊田、松村(幹)、天野OB
   
 真藤君、マライアさん、今村さん  松村、井村、天野、豊田OB
   
 最初、 八の字結び 万が一に備えてのブーリン結び など 初歩的なザイルの扱い方練習。 三点支持の基本動作。 ザイル無しで高さ2〜3mの上り 下りを行う。
   
確保の支点取り方、自己確保、肩絡み・腰絡み確保等ザイルワーク練習。 
   
岩に慣れたところでアンザイレンを行い、10数mの壁を登る。
   
  初め てのマライアさんもすぐに岩に慣れる 。懸垂下降などの動作もかなりスムーズになる。
   
 長い 手足 を活かして登る 今村さん。、時々大胆に 。
   
   余裕を見せる今村さん。
   
 クライミングのジムにも通っている真藤君。すぐ岩に慣れ、シューズを履き変えかぶり気味のルートにも挑戦。
   
 天野OB
   
 豊田OB
 大分岩に慣れた今村さんと真藤君、 午後はトップで登る。
途中斉藤OBがバイクでかけつけてくれました。 






14年11月初旬 気象部千畳敷カールOBG会 
 

日時:14年11月3、4日                                                

 場所:千畳敷ホテル、カール散策

 参加者:宮野OB(35年卒)恩田OB(37年卒)青木OB、古林OG、栗又OB(38年卒)
     金子OB(41年卒)高岡OB(42年卒)

気象部OBG会は、今まで下記のように温泉で行い、翌日登山やハイクを実施して来ました。しかし、昔から山岳気象の研究を行って来た我々気象部員に、天が更なる試練を与えてくれたごとく、過去13回の内、旅館から1歩も出られない悪天候が4回もあり、更に2回は登山やハイク途中雷雨や横殴りの雨に遭遇いたしました。

第1回  98年10月 下諏訪温泉  
第2回  00年11月 白馬村落倉 栂池自然園
第3回  02年10月 芦安村   夜叉神峠〜高谷山
第4回  03年 9月 乗鞍高原  乗鞍岳(追悼登山)
第5回  04年10月 岳温泉   安達太良山
第6回  05年10月 那須湯本  茶臼岳(登山は荒天中止)
第7回  06年10月 蓼科親湯  坪庭・北横岳
第8回  07年 7月 新穂高温泉 西穂独漂
第9回  08年 6月 上諏訪温泉 霧ヶ峰
第10回 09年10月 湯桧曽温泉 天神平・谷川岳(登山は雨天中止)
第11回 10年 5月 奥鬼怒温泉 鬼怒沼(ハイクは荒天中止)
第12回 11年 6月、11月 震災被害に配慮して中止
第12回 12年 7月 白馬村   八方尾根
第13回 13年10月 酸ヶ湯温泉 八甲田山(登山は荒天中止)

今年度は、涸沢より400mも高い、標高2600mの千畳敷カールのど真ん中の千畳敷ホテルでOBG会を開き、新雪に触れようと意図しました。しかし思ったほど新雪はありませんでしたが、絶好の快晴の中、凍結しているため稜線まで上がるの誘惑に堪えながらも、カールのハイクを堪能いたしました。こんなにコバルトブルーの青い空を観たのも久しぶりでした。

 
   
新宿から高速バスで駒ケ根ICまで走ります。伊那谷に入ってバスの車窓から木曾駒ヶ岳 が望まれます。  駒ケ根ICから路線バスで、ロープウエイ駅のしらび平まで、ここからロープウエイで一気に高度差1000mを上がります。新宿からここまで、ほとんど歩かないで来られます。
   
 ロープウエイの高度を上げるにつれて、雲が多くなります。稜線は全く見えません。期待した新雪は降っても融けてしまい根雪になっていません。すこしがっかりです。  千畳敷ホテルはロープウエイの終点にあります。紅葉シーズンはとても無理なので、シーズンが終わった月曜日の夜のため、ほぼ貸し切り状態で懇親会を行いました。遅くまで懇親会は盛り上がりました。
   
 日本海に低気圧が通過したため、前夜は天気が悪化しましたが、夜半は回復し満天の星となりました。早朝部屋の窓から眺めると伊那の街の灯が瞬いていました。  南アルプスの北岳と間ノ岳の間に、朝日が昇って来ました。
   
 ホテルの外に出て、朝日を浴びたカールを眺めます。  ホテルの庭は凍結していて良く滑ります。
   
   
 瞬く間に周囲が明るくなってきました。 栗又OBはスケッチに余念がありません。 
   
朝食後散策に出発します。   信州駒ヶ岳神社にお参りします。天照大神と大山祇大神を祀っています。
   
歩き出しは凍結していて、良く滑ります。  カールはすっかり落葉し冬のたたずまいを見せています。少し遅れていますが、ここもあと1週間経つと雪に覆われるでしょう。
   
 背後に南アルプスを望みます。左から甲斐駒、横に長く横たわっているのが仙丈で、右にある尖った端正な山容は北岳です。  左から間ノ岳、農鳥岳で、その右に富士が顔をだしています。右に行くと塩見が見えます。
   
左から甲斐駒、仙丈、北岳、間ノ岳、農鳥岳、塩見岳、荒川三山です。   宝剣をバックに。
   
 この辺りは凍結した岩は融けています。  稜線が直ぐ近くに見えます。
   
この辺りから登山道はジグザクに着いていますが、雪の時は上のコル目がけて真っ直ぐに登ります。 先行した登山者の姿が点となって見えます。  この上でカールのトレッキングコースは終わります。
   
 雲一つ見当たらない素晴らしい天気です。  左から恩田OB、古林OG、栗又OB、高岡OBです。
   
 左から金子、青木、栗又、宮野、高岡各OBです。  ここを最高点として降ります。
   
 カ−ルの底に池があります。甲斐駒の左に鋸が見えてきました。  ホテルに戻りました。栗又、宮野、青木、恩田各OBです。
   
 ホテルで昼食を済ませ、下山します。  下は紅葉の真っ最中です。東京に帰る人、これから旅を続ける人、それぞれに分かれて解散しました。
 恩田OBが持参した56年前のWMS山行の写真です。
 
 






 14年10月初旬 浅間山

【時期】2014101日〜2

【行程】横浜⇒小諸⇒車坂峠→槍ヶ鞘()→草滑り→湯の平→前掛山→火山館→浅間橋⇒小諸⇒横浜

【メンバー】:笠原OB(記)

 

10月1日:(水)晴、新幹線佐久平経由小諸からバスで高峰原車坂峠14:30着。

浅間山の噴火警戒レベルは。20104/15に気象庁がレベル2(火口周辺規制)から1(平常)に引き下げ発表をし、小諸市が同年4/17に火口から500m(前掛山)まで登山規制を緩和してきた。ただし、火口から500m以内に影響する程度の噴出現象は突発的に発生する可能性があり火山灰噴出や火山ガス等に警戒が必要となっている。今回の直前(9/27)に御嶽山噴火が発生したこともあってヘルメットとゴーグルを持参した。

 
 

槍ヶ鞘避難雷シェルター

表コースを登り槍ヶ鞘2280m17:08着。避雷シェルター中でツエルト泊。厚さ20mmの鋼鉄製カマボコに音は反響するがAMラジオ放送は電波シールドされて聞こえにくかった。(夜〜朝の気温7℃)

 

 
   

槍ヶ鞘北鞍部から見下ろす

夕暮れ迫る中に声がするのでトーミノ頭の方へ行ってみると下山者だった。右のカルデラ崩壊面の下方に屋根が見えたが、翌日になって火山館であることが分った。

10月2日:外側外輪山から火口原を経由して浅間山(前掛山)に登る。 
   

トーミノ頭〜黒斑山、右はカルデラ壁

 カルデラ壁の縁を登ってトーミノ頭(外側外輪山)2330mへ向かう。

   

トーミノ頭南鞍部から剣ヶ峰

剣ヶ峰2281mは、黒斑山などと共通の外側外輪山を構成していたようだったが、蛇掘川を火口瀬とする浸食により、剣ヶ峰から連なる牙山とトーミノ頭の間で鋭く切れ、その谷底に火山館があった。

   

トーミノ頭から浅間山

前方浅間山(前掛山)の左の斜面を登ることを目視してから草滑りを湯の平高原へと下った。

   

草滑りからトーミノ頭

草滑りはカルデラ壁の草付急斜にジグザグで刻まれ、横にはトーミノ頭の垂壁が見事だった。

 

   

トーミノ頭〜黒斑山 カルデラ壁

トーミノ頭から北を見ると外側外輪山が黒斑山を最高点として蛇骨岳〜仙人岳に連なっていた。

   

蛇骨岳〜仙人岳カルデラ壁

火口原は広々と賽ノ河原(Jバンド分岐)へ続き、内側外輪山(前掛山)の登にかかる。樹木は消え噴石累々となり、標高2400m辺りから間質性肺炎の身は心拍数120を超え、脚への酸素不足を感じた。

   

浅間山退避壕(前方前掛山)

内側外輪山の北端が高度を下げ内側火口原とつながった平地に2棟のシェルターが在った。御嶽噴火以来TVでよく放映される。右壕は外側の岩巻きが一部残り、左は鋼板のみになっていた。

   

前掛山カルデラ壁

前掛山2527mは内側外輪山の最高地点で、浅間山の最高点2568mは画面左方にあって現在立ち入規制されている。

   

前掛山2527m

前掛山登頂(9:24)。規制緩和の限界点でありすぐ下山にかかった。計画ではJバンド分岐から外側外輪山を縦走することにしていたが、雲が懸かると予想し、湯の平高原方面へ変更した。

   

トーミノ頭(左峰の右コルから草滑り)

湯の平高原へ来るとまだ晴れていたが、草滑りの急斜面を登り返す気にならず小諸口へ進んだ。

 

   

火山館、前方トーミノ頭

火山館(防災教育拠点で一階が避難壕兼)で主人(15年間常駐)と話した。浅間山は首都の北西(風上)にあって影響が考えられるので、東大地震研究所と気象庁が観測し、上記シェルターや看板・拡声器、火山館常駐などを条件として、立入規制が緩められたのだそうだ。

   

火山館から牙山

火口瀬に臨む牙(きっぱ)山2111mは鋭く削られていた。蛇掘川沿いに下り、浅間山荘(天狗ノ湯)に入浴し、再び林道歩き4kmで埃を浴び、浅間登山口(浅間橋)1200mまで下った。JRバスは乗客1人。小諸経由佐久平からの新幹線は混んでいて横浜まで立ちっぱなしだった。






 14年9月中旬 北アルプス 笠ヶ岳

日程:2014年9月13日()〜15日(月)

山域:北アルプス・笠ヶ岳

メンバー:豊田紳二・久子 計2名

 

9月13日(土) 晴れのち曇り

新穂高を九時前に出発。幅の広い左俣林道、前後を歩くパーティは三・四組だけ。小池新道は所々自然石が階段状に整備されていて歩きやすい。

秩父沢に着くと三十人を超える登山者が休憩していた。湯を沸かして食事、ゆっくり休憩する。シシウドヶ原は名前の通り背の高いシシウドの花が咲いている。野イチゴの実を口に入れると甘いが、噛むと苦味が出る。

 
   
秩父沢  シシウドヶ原 

鏡平山荘付近ではナナカマドが赤い実をつけている。山荘は、次々と到着する登山客でごった返していた。

 

9月14日(日) 快晴のち曇り

登山者で賑わう鏡平山荘を後にする、木道は霜で滑りやすい。

稜線に出るとミヤマリンドウやウメバチ草などが咲いている。

十時を過ぎると雲が湧きだし、昼近くになると二千五百米から上は雲の中。

 
 
  槍ヶ岳に突き上げる中崎尾根 
   
笠ヶ岳  抜ヶ戸岩 

笠ヶ岳山荘にかなり早く着いたが予約をしていなかったので廊下の角のスペースを割当られる。小屋の前のベンチで昼食後、笠ヶ岳頂上に向かう。雲が多かったが北の剣岳・立山、薬師岳、南アルプスまで見える。風が出てきたので下る。強い風と寒さでゆっくりアーベントロートを楽しむことはできなかった。

 
   
笠ヶ岳ピーク、中央に槍ヶ岳  槍ヶ岳・穂高岳 

9月15日(月)

モルゲンロートの雲を背景に槍・穂高のシルエットがきれいに見える。朝食後、再度笠ヶ岳頂上に向かう。近くの槍・穂高、立山、薬師、御嶽山、白山、南アルプスなど見飽きない。

 
 
  モルゲンロートの槍ヶ岳・穂高岳 

笠新道を下る。広々とした杓子平付近からは、今まで歩いてきた稜線や槍・穂高を見上げることになる。滝谷の上に穂高連峰、穴毛谷の上に笠ヶ岳が雄大、ゆっくりと休憩。この杓子平以外は傾斜が急な下りが続く。笠新道登山口に着いて一安心、水量豊富な水場で二回目の昼食。新穂高まで林道歩き。

 
 

コースタイム:

9月13日(土)

新穂高登山指導センター発8:50 – 9:45着 笠新道登山口発9:51 – 小池新道登山口10:20 - 10:40 休憩10:45 – 11:25着 秩父沢発11:55 – 12:35着 イタドリヶ原発12:40 – 13:17着 シシウドヶ原発13:25 – 14:20着 鏡平山荘泊

9月14日(日)

鏡平山荘発5:50 – 6:46着 弓折乗越発6:51 – 7:31 休憩7:35 – 8:22 休憩8:30 – 9:10 休憩9:15 – 9:55 休憩10:00 – 10:37着 笠新道分岐発10:45 – 12:05着 笠ヶ岳山荘発13:21 – 13:41着 笠ヶ岳山頂発14:05 – 14:20着 笠ヶ岳山荘泊

9月15日(月)

笠ヶ岳山荘発6:10 – 6:30着 笠ヶ岳頂上発7:00 – 7:10着 笠ヶ岳山荘発7:23 – 8:38着 笠新道分岐発8:43 – 9:38着 杓子平発10:18 – 11:002200m地点発11:05 – 11:401920m地点発11:45 – 12:25 休憩12:30 – 12:50着 笠新道登山口発13:25 – 14:15着 新穂高登山指導センター

 

=== 賑わい===

 

三連休の初日、松本ICで高速を下りて最初に見つけたコンビニに入ると、朝食になりそうなおにぎりやパンなどの棚は空っぽ、山の賑わいが予想される。新島々近くのコンビニでようやく朝食を購入できた。

新穂高に着いて登山者用無料駐車場に入ろうとすると満車。昨日の午後八時には満杯になったとのこと。ロープウェイの有料駐車場に向かう。誘導員の訛りが強くて最初理解できなかったが「ロープウェイを利用しない人は駐車できない」と言っているらしい。数百米続く路上駐車の列にスペースを見つけ駐車する。

 
 
  路上駐車の例 

新穂高出発が遅かったせいか、蒲田川左俣林道では前後にパーティが殆どいなかった。小池新道に入ると間もなく数組の先行パーティを追い抜き、秩父沢からは家族連れや、数人から十人を超えるツアーのパーティなどで賑わう。

鏡平山荘の宿泊者数は265名で営業開始以来最高とのこと。談話室のテーブルと椅子を片付けて布団を敷いていた。

 

   
廊下の隅に割与えられたスペース  縦長の四畳の部屋に8人 

 定員88名の笠ヶ岳山荘には249名が宿泊、この夏最高とのこと。私達は十組目位に到着したが、予約をしていなかったので廊下の隅にスペースを割当てられる。夕方到着した人達は廊下の脇にある押入れの中で寝ている。

食堂を寝場所に割当てられた人達は食事が終る夜遅くまで廊下で待たされ、朝は早くから起こされていた。

 

二日目からは三十人を超えるパーティとも前後しながら歩く。笠新道の下りでも一緒になる。足の踏ん張りが利かなくなった中年男性がいて、ガイドが猿回しのようにザイルで繋いでいた。

 

(記・豊田紳二)

 







14年9月中旬  41年同期・白山山麓、九頭竜川紀行
 
 福井県立恐竜博物館にて
 
歳を重ねると、山のピークを踏むことより、山のめぐみとか山のふもとの人々の営みや、歴史の方に興味が湧いてきます。そんな気持ちを共有している41年同期は、近年、登山よりも川のクルーズや街道の峠越へなどを行っています。今回は、金沢在住の沼田OBと共に、念願だった以前共に登った白山の越前側の九頭竜川流域を回る旅を行いました。白山は加賀、越前、美濃の三国に、手取川、九頭竜川、長良川を通じて、豊富な水や自然の恵みを供給しています。沼田OBの運転で3日間、大型レンタカーで走り回りましたが、大仏のたなごころではありませんが、金沢から出発して帰着するまで、白山の掌を走っていたような気がします。

来春、北陸新幹線も金沢まで開通します。そうなると金沢旅行のリピーターにとって、恐竜博物館や平泉寺、名水の越前大野には当然行くことになり、賑わうことでしょう。そうなる前の一瞬の静けさを狙った訳ではありませんが、奥越前は極めて魅力あふれた地でした。

 白山の三つの禅定道  
皆で白山に登ッた時は、一般コースの砂防新道を登り、帰途は尾根道を下り、途中から別当出合に降りましたが、沼田兄から、この尾根道が市ノ瀬を通って遠く勝山の平泉寺まで続く越前禅定道と聞き、その古の道にすごく興味が湧いてきました。

白山には元来、戸隠と同じく、地元神の水の神である九頭竜神が祀られていたと云われていますが、奈良時代初期に越前の泰澄が白山に登頂し、そこで十一面観音を感得し、その起点となった登山口に平泉寺を創立しました。

その後白山には、越前、加賀、美濃から、仏教で集中力を表す禅定道と呼ばれた三つの参拝道が開かれました。その登山口は馬場と呼ばれ、越前馬場平泉寺から越前禅定道、加賀馬場白山比め神社から加賀禅定道、郡上八幡の奥にある美濃馬場長滝寺から美濃禅定道が開かれたのです。

司馬遼の街道を行く「越前の諸道」によると、越前馬場の平泉寺は、中世には一大宗教都市であったと記されおり、長い間憧れになっていました。




左図は、当時個人のHPの白山紀行に掲載したものです。
   
 白山北部を白川郷から手取川ダムまで横断する白山スーパー林道にある
ふくべの大滝。落差86mの豪快な滝です。あまりの異界の光景に、しばし心を奪われました。
 白山スーパー林道の途中にある約800年前に開湯されたといわれる中宮温泉の西山旅館に泊まりました。中宮温泉は加賀禅定道の中宮近くに位置しています。翌日は丸岡近くで泊まりましたが、いずれも熊の刺身を堪能しました。
   
 福井県立恐竜博物館です。10年前に黒川紀章の設計で開館された建物は地の中に潜って行く設計で、ウイークディなのに、駐車場には関西方面を中心としたナンバーの車でいっぱいです。  恐竜史上最大の肉食恐竜ティラノサウルスが、巨体を揺すりながら、ウォーウォーと大きな唸り声で迎えてくれます。大迫力です。館内は恐竜の骨格模型が所狭しと展示され、更に地球の科学、生命の歴史のゾーンに分かれていて、短時間では見切れない程、内容が充実しています。
   
九頭竜川上流、越前勝山の白山平泉寺です。 今回の旅の最大の目的地で養老元年(717)に泰澄が創立しました。平泉寺は平安期には比叡山の系列となり、48社6000坊を有し、僧兵8,000人他、約30,000人が居住する一大宗教都市になり、中世には朝倉氏と越前を二分する大武装勢力になったのです。 しかし猛威を振るった平泉寺も、一向一揆との戦いの結果、1574年灰塵と帰し、中世一大宗教都市は幻になってしまいました。平泉寺滅亡は信長による3年前の比叡山の焼打ちと無縁ではないでしょう。平泉寺は今でも発掘が続けられていますが、南谷には3,600坊跡、北谷には2,400坊跡が発掘されています。
   
 九頭竜川の支流、真名川に面する越前大野に位置する越前大野城は、信長の家臣、金森長近が大野の亀山に築いた城で、小型ですがなかなかの名城です。金森長近はその後秀吉から飛騨一国を与えられました。 越前大野は名水の里として知られています。古い街並みが良く維持されている美しい街です。この街で食べた十割そばの美味しさは、全員大感激で忘れられません。
   
 九頭竜川の支流、足羽川の畔にある朝倉氏の一乗谷の遺跡です。発掘されてメインの通りは復元されています。信長に跡形もなく滅ばされたと云われていますが、実際に焼打ちしたのは信長に組した平泉寺の僧兵のようです。  その後、北ノ庄(現福井市)に城を構え越前を領した柴田勝家も、秀吉に滅ばされてしまいました。遺跡ばかりで寂しい気がしますが、越前は京にとって危険な地なのでしょうか。
   
 余りにも有名な曹洞宗大本山永平寺は九頭竜川中流の山中にあります。
道元が修行の場として選んだ深山幽谷の地には大小70余りの伽藍が並んでいます。
 承陽殿での読経を見学します。
   
 九頭竜川中流の流域の坂井平野にある丸岡城は、現存する最古の天守として有名です。一向一揆を平定し、信長から越前一国を貰った柴田勝家が、甥の勝豊に城を築かせました。屋根は石瓦です。天守の内部の階段が70度近くありロープを伝わって登りますが、ご婦人方はとても無理です。  最上階から白山方面を眺めます。坂井は、山からいきなり平野になり水利が良いため、古代から豊かな地であったことが判ります。越からやってきた継体天皇の拠点は、ここ坂井であると云われています。
   
 九頭竜川の河口に位置する三国湊です。三国湊は敦賀と共に北前船の玄関となった港です。九頭竜川舟運と北前舟運との港町で栄えた三国商人たちは、オランダ人土木技師エッセルに設計を依頼し、明治12年に木造5階建て八角形の龍翔小学校を作りました。写真は復元された博物館です。  九頭竜川河口の防波堤です。エッセルが提案し、明治13年常願寺川の治水を行ったデレーケが建設指導した我が国初めての西洋式工法による防波堤です。良く解りませんが、それまで我が国には、防波堤という概念は無かったかも知れません。
   
 深田久弥は加賀市大聖寺出身です。大聖寺の明治末期に作られた紡績工場跡に深田久弥 山の文化館があります。深田久弥の全著作を始め、各種山の本が展示されています。沼田OBは「日本百名山」の初版を持っていると聞き驚きました。私はここの蔵書に無かった「登山12か月」という角川の古い文庫本を贈るつもりですが、まだ果たしていません。  沼田OBの強い希望で、加賀市片山津にある雪の科学館をこの旅の終わりにしました。この科学館は、この町出身で国際的な氷雪の権威中谷宇吉郎博士の功績を讃え、磯崎新が設計した斬新な建物です。ここの喫茶コーナーは沼田OBのお気に入りで、柴山潟の彼方に美しい白山が望めるため、こちらに来るたびに立寄り白山を眺めると言っていました。残念ながら白山はあいにく雲で見えません。









 14年8月下旬  岩手山
 

日程:2014年8月25日()

山域:岩手山

メンバー:豊田紳二・久子 計2名

 
   

8月25日(月) 曇り

馬返しの駐車場から歩き始めるとすぐに鬼又清水の水場、八合目避難小屋用に薪の荷揚げ協力依頼の看板があり、一本ずつ背負う。

二号五勺から新道を行くが風よけの為か樹林の中で眺望がきかない。六合目を過ぎると旧道を歩いている登山者が見えた。尾根の上を歩く旧道は気持ち良さそうだ。

 新道から見る旧道を登る登山者  
 

七合目で急登は終り、旧道に合流。ここからは草原状となり梅鉢草とアザミが至る処に咲き、傾斜もほとんどなく快適に歩く。間もなく八合目の立派な避難小屋に到着、管理人に薪を渡す。豊富な水場で湯を沸かしていると間もなく、登りで一緒だった二人の若者が到着。お茶・お湯の提供を申し出ると二人は避難小屋でカップ麺を買ってきた。爽やかな二人は仙台から来たとのこと、カップ麺を美味しそうに食べていた。

   
 八合目避難小屋  爽やかな二人と一緒に
 

頂上で休憩していると雲が晴れて噴火口と火口丘がよく見えるようになった。

豊富な高山植物を見ながらお鉢を一周する。内側はイワブクロなど、外側はコマクサなどが群生し、植生が全く異なる。コマクサの花の時期は過ぎていて数えるだけの花しか見られなかった。

   
 岩手山頂上(右)  火口丘と噴火口
 

お鉢の中の奥宮の近くで立ち昇る水蒸気を見たので、近寄って岩の間の穴に手をかざすと噴気が暖かかった。地球の鼓動を感じる。

   
 岩手山神社奥宮 岩の間から噴気が 
 

旧道を下る。晴れていれば景色が楽しめるだろう。

 

コースタイム:

8月25日()

馬返し駐車場発5:10 ? 登山口発5:20 ? 6:00 休憩6:05 ? 6:44 休憩6:50 ? 7:30 休憩7:35 ? 8:20 休憩8:25 ? 9:10着 八合目避難小屋発10:00 ? 11:00着 岩手山頂上発11:25 ? 12:12着 不動平発12:20 ? 12:33着 八合目避難小屋発12:53 ? 13:35着 五合目発13:40 ? 14:27着 二合目発14:37 ? 15:30着 駐車場

(記・豊田紳二)









 14年8月下旬 八幡平

日程:2014年8月24日()

山域:八幡平

メンバー:豊田紳二・久子 計2名

8月24日(日) 曇り

早朝、出発。見返峠駐車場まで車で上がる。コンクリート舗装の自然探勝路を散策。ガマ沼を過ぎ、三十分程で突然広場に出ると八幡平頂上の標識が建っている。直ぐ近くに工事用の資材がブルーシートに覆われて置いてある。無粋極まりない。

   
 

八幡沼の畔で昼食。沼の周りの木道を散策する。池や池塘があり、梅鉢草やギボシ、リンドウ、アザミが至る処に咲いている。

   
 八幡沼  池塘
     
梅鉢草   リンドウ  ギボシ
 

雲の為、岩手山など近くの山の展望もなかった。

 

コースタイム:

8月24日()

見返峠駐車場発11:00 - 八幡平頂上11:30 ? 11:50着 八幡沼発12:00 ? 12:55着 駐車場

(記・豊田紳二)








14年8月中旬 甲斐駒ヶ岳&仙丈ヶ岳

日程:2014年8月19日()〜21日()

山域:南アルプス・甲斐駒ヶ岳& 仙丈ヶ岳

メンバー:豊田紳二・久子 計2名

 

8月19日(火) 曇り、時々晴れ。

尾白川渓谷駐車場から歩き始める。竹宇駒ヶ岳神社を通ってすぐに吊り橋を渡り、黒戸尾根に取付く。樹林の中を歩く、比較的涼しい。尾根は湿気が多く、真っ赤、黄色などのキノコは多いが花は少ない。

 
 刃渡り
 

五合目の小屋跡を過ぎると木や鉄の梯子が連続する。

七丈小屋のテラスで休んでいると七・八人が集まってきた。朝から抜きつ抜かれつし、皆、顔なじみ。黒戸尾根やこれまで登った山、百名山の話で大いに盛り上がる。

七丈小屋の夕食は、管理人がボッカした手作りの刺身、天ぷら、デザートには巨峰のぶどうが付いて豪華だった。

 

8月20日(水) 快晴のち晴れ。

オリオン座を仰ぎ見ながらヘッドランプを付けて歩き始める。

八合目でご来光を待つ。登山者が十人位集まった。湯を沸かしていると若い女性の「出た」という声、太陽が顔を出していた。

朝食を済ませて、仰ぎ見る駒ヶ岳に圧倒される。

   
 ご来光、八合目にて  八合目からの駒ヶ岳
 

岩場に二本の剣が立っている岩場付近から摩利支天が近くに見え、ほぼ同じ高さ。

   
 二本の剣近くの岩場  摩利支天、左は北岳・間ノ岳
 岩場に二本の剣が立っている岩場付近から摩利支天が近くに見え、ほぼ同じ高さ。
 

駒ヶ岳頂上で景色を楽しみながら食事。風が強くて寒いが日が照ると暑いくらい。

北岳・間ノ岳から塩見岳、荒川岳まで良く見える。

   
 仙丈が岳  北岳、間ノ岳、塩見岳
 

下山途中、駒津峰から見上げる駒ヶ岳は迫力がある。

駒ヶ岳の稜線は這い松と石楠花の間にコケモモが見られるくらいで高山植物は少ない。

 

北沢峠のこもれび山荘泊。

 

 
 

8月21日(木) 晴れ、一時曇り。

北沢峠から歩き始めると、樹林の間に見える馬の背付近の斜面がモルゲンロートで朱色に染まっていた。

小仙丈ヶ岳手前で数分、小粒の雨が降ってきたがすぐに止む。トウヤクリンドウ、千島ギキョウ、イワツメクサ、ウサギギクなどの高山植物や駒ヶ岳、北岳などを眺めながら快適な稜線歩き。

   
 甲斐駒をバックに 千島キキョウ 
   

仙丈ヶ岳頂上からは富士山、駒ヶ岳、北岳、塩見岳などが見えた。塩見岳の奥には先月登ったばかりの荒川岳と赤石岳。

いつまで見ていても飽きない。

   
 富士、北岳、間ノ岳  塩見岳(左)、右奥に荒川岳、赤石岳
   
エーデルワイスの仲間  小仙丈ヶ岳 付近
 

北沢峠に下りると、次に出るバスに乗ると広河原で甲府行直通バス乗継に間に合うとのこと、飛び乗る。夜叉神峠の林道は現在普通の為、奈良田経由となる。

韮崎駅からタクシーで尾白川渓谷駐車場まで車を取に行き、近くにある尾白の湯で温泉に浸かった後、帰京。

 

= 黒戸尾根とリピータ=

北沢峠まで南アルプス林道が通った今でも黒戸尾根は根強い人気がある。七丈小屋で同宿した登山者にはリピータが多かった。若い人達は日帰りで頂上まで往復。二日間で十人近くの日帰り登山者とすれ違った。

< 四十才くらいの男性>
数年前に二人の友人とテントを背負って来たが二時間登って敗退。今回は一人で小屋泊まり。二人の友人と再チャレンジしたいとのこと。

< 三十代の男性>
山登りを始めて三年目。二年連続で黒戸尾根に来ている。

< 中年の男性>
黒戸尾根は四回目。大変だが充実感が何とも言えない。

< 熊本在住の青年ガイド>
熊本から新幹線で五名の中年女性を引率して来た。駒ヶ岳を登った後、広河原から白鳳峠に登り直して鳳凰三山を歩く予定。

< 沼津からの年配女性>
今年で連続十三年黒戸尾根に通っている。理由は体力測定と山登りを指導して貰ったリーダーの追悼。百名山を目指していたが最後の一峰を予定していた前年にリーダーが亡くなった。黒戸尾根からの駒ヶ岳はリーダーが大好きだったコース。最後に残った北海道の山は登る気になれないとのこと。

 

コースタイム:

8月19日()

尾白川渓谷駐車場発5:25 ? 6:05 休憩6:10 ? 6:50 休憩6:55 ? 7:35 休憩7:45 ? 8:25 休憩8:30 ? 9:10 休憩9:15 ? 9:55着 刃渡り発10:05 ? 10:45 休憩10:50 ? 11:20着 五合目小屋跡発12:00 ? 12:45 休憩12:50 ? 13:05着 七丈小屋

8月20日(水)

七丈小屋発3:50 ? 4:35 休憩4:40 ? 5:00着 八合目発5:40 ? 6:20 休憩6:25 ? 7:20着 甲斐駒ヶ岳山頂発8:30 ? 9:10 休憩9:15 ? 10:00 休憩10:10 ? 10:20着 駒津峰発10:30 ? 11:10着 双児山11:15 ? 11:55 休憩12:00 ? 12:40着 北沢峠

8月21日(木)

北沢峠発4:50 ? 5:30着 二合目発 5:35 ? 6:15着 四合目発6:20 ? 7:10着 六合目発7:15 ? 7:50着 小仙丈ヶ岳発8:00 ? 8:25着 八合目発8:30 ? 9:15着 仙丈ヶ岳発10:10 ? 11:05着 小仙丈ヶ岳発11:10 ? 11:50着 大滝ノ頭五合目発11:55 ? 12:35着 二合目発12:40 ? 13:05着 北沢峠

 

(記・豊田紳二)








14年7月下旬 南アルプス・赤石岳&荒川三山

日程:2014年7月24日()〜27日()

山域:南アルプス・赤石岳& 荒川三山

メンバー:新井昭夫、豊田紳二・久子 計3名

7月24日(木)

曇り。時々薄日が射す。東尾根の斜面は急だが樹林の中のジグザグの道で快適。昼前に赤石小屋に到着、ベンチで湯を沸かしてゆっくり昼食。

小屋近くの展望台、三角点まで散歩する。赤石岳、聖岳、荒川岳が望めた。付近の石楠花が咲き始めていた。

 
   
 ちょっと休憩  咲き始めたシャクナゲ
 

夜半、雲が多かったが、頭上には星が見えた。明け方、風が強かった。

 

7月25日(金)

晴れ。富士見平までは急登。三十数年前の五月、残雪の季節に遭難救助の為に浜松基地から自衛隊のヘリコプターに乗り、ホバーリングしているヘリコプターから富士見平に跳び下りた。

稜線に出る手前のお花畑にはミヤマキンポウゲ、シナノキンバイ、シオガマ、イワカガミなどの高山植物が咲いていた。親子二羽の雷鳥が居た。

   
お花畑   雷鳥
 

稜線の分岐点から赤石岳まで、三千米の稜線散歩。風もなく頂上でゆっくりと聖岳、南ア北部の山々、中央アルプス、御岳山などの景色を楽しむ。北アルプスは雲の中で見えなかった。

大学三年の夏合宿、甲斐駒ヶ岳から光岳まで縦走して以来、四十数年振りの赤石岳山頂。

   
 赤石岳頂上  中央右に小赤石岳、中央に荒川前岳・中岳・右に悪沢岳赤石岳ピークから
 

荒川小屋泊。夜、満天の星。

 

7月26日(土)

快晴。荒川小屋からトラバースの道を歩き始めると登山道の直ぐ脇に山桜が満開だった。種はこんな処までどこから飛んで来たのか?ロマンを感じる。

鹿除けの鉄柵に守られたお花畑では黒百合などの高山植物が満開。

   
 お花畑  黒百合
 

稜線の分岐点から荒川前岳まで、快適な稜線散歩。快晴、今日も風はほとんど無く頂上でゆっくりと景色を楽しむ。

昨日見えなかった北アルプスも良く見えた。

   
 荒川前岳頂上、左は赤石岳  塩見岳(中央)
左奥に仙丈ヶ岳、右奥に間ノ岳、農鳥岳
 

荒川中岳を過ぎる頃、千枚岳方面から来る登山者とすれ違うことが多くなった。

   
荒川中岳・悪沢岳コル付近の登山者   悪沢岳からの赤石岳(左)と荒川前岳・中岳(右)
 
悪沢岳 (荒川東岳) 頂上で新井さん持参のあんみつを三人で分けて食べる。
   
悪沢岳頂上  あんみつ 
 

千枚岳手前で数か所、岩場の登り下りが続く。間ノ岳の右肩に北岳が顔を覗いていた。

   
千枚岳付近の岩場   間ノ岳(左)、農鳥岳(右) 千枚岳頂上にて
 

千枚小屋泊。夜、満天の星。

   

7月27日(日)

晴れのち曇り、時々強風。

千枚小屋を出発し、下って行くと風が強くなり、帽子を飛ばされそうになった。樹林の中を歩き、展望は殆どない。途中、の見晴台はこのコースで唯一の好展望とのことだったが雲が垂れ込めて悪沢岳・赤石岳は見えなかった。

尾根末端の吊り橋を渡ると間もなく林道に出る。

   < 八十二歳のレジェンドさん>>

畑薙第一ダムからの専用送迎バスの中にニッカーボッカーズに小型キスリングというクラシッカルな服装の年配の人が乗っていた。

椹島ロッヂ出発の際、玄関で一緒になり、年齢を尋ねると八十二歳とのこと。新井さんに話すと「レジェンドだね」。

赤石小屋のベンチで寛いでいるとレジェンドさんも一緒になり、一緒に写真を撮る。名前は宮川さん。一時間歩いて十五分休むというペースで歩いているとのこと。

三日目、レジェンドさんが先に荒川小屋を出発、十分くら

い遅れて私達も歩き始めるが、三十分程歩くと追いついた。レジェンドさんはキスリングを背負って立ったまま休んでいた。

千枚小屋ではレジェンドさんの到着を待ち、湯を沸かしてコーヒーで乾杯する。

   
 レジェンドさんと赤石岳を背景に。 赤石小屋にて。  レジェンドさんとコーヒーで乾杯! 千枚小屋にて。
 

<< 出会い>>

荒川小屋の管理人、中岡さん夫妻は静岡大山岳部に所属していたとのこと。

感じの良いご夫妻。冬は北海道でスキー三昧とのこと、羨ましい。

   
荒川小屋の中岡さんご夫妻   千枚小屋の朝
 

荒川岳稜線で十数人の日大山岳部パーティとすれ違う。皆スマートな服装だった。

数人のトレイルランナーと出会ったが、我々の歩くコースを一日で回るとのこと。

ランナーの一人は富士登山レースに参加し、前日には富士山頂に居たとのこと。

今回泊まった赤石小屋、荒川小屋、千枚小屋からは富士山が良く見えた。

 

コースタイム:

24()

椹島ロッヂ発5:50 ? 6:40着 標識1/56:45 ? 7:35着 標識2/57:40 ? 8:40着 標識3/59:00 ? 9:30 休憩9:35 ? 9:48着 標識4/510:10 ? 10:45 休憩10:50 ? 11:25着 赤石小屋

25()

赤石小屋発5:40 ? 6:20 休憩6:25 ? 7:05 休憩7:10 ? 7:50 休憩7:55 ? 8:30着 稜線分岐点発8:50 ? 9:10着 赤石岳発9:50 ? 10:05着 稜線分岐点発10:15 ? 小赤石岳発10:30 ? 10:45 休憩10:55 ? 11:35着 大聖寺平発11:40 ? 12:10着 荒川小屋

26()

荒川小屋発5:43 ? 6:15 休憩6:20 ? 7:00 休憩7:05 ? 7:26着 稜線分岐点発7:34 ? 7:38着 前岳発7:55 ? 8:00着 稜線分岐点発8:02 ? 8:08着 中岳発8:25 ? 9:00着 コル発9:10 ? 9:55着 悪沢岳発10:48 ? 12:00着 千枚岳発12:11 ? 12:40着 千枚小屋

27()

千枚小屋発5:15 ? 5:55 休憩6:00 ? 6:30着 見晴台発6:35 ? 7:10着 清水平発7:20 ? 7:52着 林道横断地点発8:00 ? 8:40 休憩8:50 ? 9:30 休憩9:35 ? 10:05着 椹島ロッヂ

(記・豊田紳二)









14年10月中旬 現役学生・日の出山
                 日時:  10月11日
                 参加者: L、渡辺(政4)、真藤(理1)、渡辺(法1)
                 行程:  武蔵五日市ー金毘羅山(468)−日の出山(902)−つるつる温泉

(渡辺記)
 今回は奥多摩の日の出山に登ってきました。
武蔵五日市から金比羅山を通って日の出山に行ったので、
あまり人に会うことなく、静かな山をあるきました。
渡辺くんとは春のハイキング以来の登山でしたが、仲良く登ることができました。
下山はつるつる温泉に降り、お風呂に入って帰りました。
山頂では、うどんを作って食べました。


 
   











14年7月下旬 現役学生・白根三山
 
 
  日時:    7月29〜31日
  参加者:  L 渡辺(政経4年)、真藤(理工1年)
  行程:   29日、奈良田温泉〜大門沢小屋
         30日、大門沢小屋〜農鳥小屋
         31日、農鳥小屋〜北岳〜広河原
初日                                                                             渡辺記

天気に恵まれた登山でした。奈良田から入り、広河原を目指しました!

一日目は大門沢小屋に泊まりました。大門沢小屋までは沢沿いの道で涼しく、辛い所もなく楽しくのぼれました。

二日目

大門沢小屋から農鳥小屋を目指しました。

大門沢の出合い?まではずっと急登が続き辛かったです。日差しもあり体力を消耗しました。森林限界を超えてから、日差しに悩まされました。

農鳥岳の山頂には気づいたらいました。西農鳥と農鳥を勘違いしてました。この後真藤が高山病らしき症状を見せ、農鳥小屋に泊まることにしました。

農鳥小屋では単独行のお兄さんと仲良くなり、下山まで一緒に行動しました。

三日目

農鳥小屋から広河原

朝暗いうちに起き、日の出と共に間ノ岳を目指しました。間ノ岳は思ったより大きかったです。間ノ岳から北岳は歩きやすく、最後の登りだけ頑張りました。

北岳は日本で2番目に高い山なのかー?と思いました。笑

北岳からの下りが辛かったです。切実 御池の小屋の手前で私が怪我をしてしまい、みんなに迷惑をかけてしまいました。無事に下山できてよかったです。

また歩きたいコースでした。

   
 農鳥岳  はるか北岳
   
 間ノ岳  北岳


14年6月中旬 現役学生・谷川岳 
 
 
 
   日時:    6月14日、15日
  参加者:   L、山川(商4)、SL、渡辺(政経4)、香川(教育1)、加藤(商1)、真藤(理工1)チョング・ウィリック(国際教養2)
  行程:    14日、土合幕営、 15日、西黒尾根〜谷川岳(オキノ耳)〜厳剛新道〜土合
  渡辺記

天候に恵まれた登山でした!四人の新入生を含む7人で行きました。

一日目は移動が中心で、夜土合駅で鍋を食べました!お米が上手に炊けて先輩らしさをアピールしました笑

夜は星も出ていました!

二日目は

朝から西黒尾根経由で山頂を目指しました!西黒尾根は急登と言われていましたが、優秀な新入生だったので順調に登ることができました。

森林限界を超えてからはみんなテンションが上がりました!小屋付近には少しですが、雪渓が残っていました。六月の雪は、初めての経験の人もいて、山の寒さを伝えることができました。

山頂は景色がよく、富士山?まで見えました。

下山は厳剛新道を降りました。厳剛新道は滑りやすい所や荒れている所があり大変でした。無事に新歓合宿を終えることが出来てよかったです(*^^*)

帰りは水上温泉に寄りました。

   
土合駅到着  駅で早速夕食 
   
西黒尾根登山口   
   
  マチガ沢上部 
 
西黒尾根上部 






4年8月 現役学生・天覧山RCT
 
 
 

日時・場所:2014831日(日)、天覧山(飯能市)

参加者:

現役:角田(4年)、真藤(1年)、今村(3年、新人)

OB:上田、井村、斉藤雄(途中参加)、新井、島田、亀田、

豊田紳二夫妻

8月末日に天覧山RCTを行ました。予報では午後からの雨が心配されましたが、幸い終日穏やかな天気で無事充実したRTCを行えました。訓練は亀田チーム(角田、真藤)と豊田チーム(今村、豊田夫人)に分かれ、三点支持を徹底した登り方、ロープワーク等を主体とした基本的なものでしたが、上田・井村両OBからの適切かつ厳しいアドバイスも適宜あり、それぞれのレベルに合わせた満足のいく訓練でした。初めは若干怖がっていた新人の今村さんも訓練終了時には余裕の笑顔がみられました。終了後は飯能駅の居酒屋で懇親の場が設けられ、現役・OBの有意義な交流が図られました。

 
     
西部線 飯能駅に集結し、天覧山へのバスを待ちます。  下の公園で一息。天覧山頂まで軽い登りです。  いつもは他のパーティで混みますが、今日は我々だけです。準備運動を行います。
     
 まずハーネスの装着から始めます。  豊田夫人はもう3回目なので慣れています。  学生の今村さんは、初めての岩登りです。岩にしがみついています
     
 岩の名手、上田代表は岩の上で天狗のように動きます。まずは手本。動きが良すぎてあまり手本にはなりません。  今村さんが恐る恐る取り付きます。すっかり体を離してOKです。  まずは初段
     
 次に中段。  中段に完全に上がりました。余裕の表情です。   真藤OBと角田君、真藤君でチームを結成します。
     
左側は豊田OBと今村さん、豊田夫人のチームです。  ビレーの方法です。  高山の悪場、 岩登り、雪山での基本技術です。
     
 大半の未組織の登山者がこの技術を持たずに雪山を行っています。 基本技術は体で記憶します。  腰がらみ確保の訓練。
     
 ランニングビレーの訓練。   確保の訓練が終わり、実際にザイルを結んで登ります。  上で確保しているので安心感が違います。
     
垂直のフェース  女性のチームも登ります。  まずはザイルを結んで。
     
 既に中段まで来ました。  ここからホールド、スタンスが細かくなります。  上で角田君ががっちり確保しています。
     
 今度はクライムダウンの練習です。まず角田君が登ります。  上でがっちり確保します。  角田君が降り始めます。
     
下を見て スタンスを確認しながら降ります。  西穂〜ジャンダルム〜奥穂の悪場でも、このピッチほどではありません。しかし高度感が違うのです。  このクライムダウンが訓練の重要部分です。無雪期の稜線の岩場での事故はほとんどクライムダウン中に起きています。
     
     
 豊田OBも登り始めました。  昔は重登山靴しかなかったので、フリクションを効かせなければ登れない岩場では苦労させられました。  昼食を採ります。
     
 アプザイレンの練習を開始します。  真藤君が降りて行きます。  ルンルンの下降です。
     
 角田君の下降です。  昔は股の間にザイルを撒いていたので摩擦熱で苦行でした。  上田代表が今村さんに見本を見せます。
     
 今村さんのクライムダウン  しっかりと体を岩から離しています。  豊田夫人のクライムダウン
     
 豊田夫人の確保  今村さんのクライム  いいバランスです。
     
 脇見をする余裕が。  豊田夫人のアプザイレン  今村さんのアプザイレン
     
 亀田OBが左壁ルート工作へ  ザイルの支点探し。気分はバットレス。  支点にザイルを通す
     
 すぐ登りたくなる上田さん  真藤君が登る  新井OBの登攀。少し垂直すぎる。カメラ操作?
     
 新井OBのアプザイレン  島田OBも登る  島田OBのアプザイレン
     
 斉藤OBも途中参加  昔、穂高滝谷で鳴らした腕を披露  訓練が終了しました。
     
 山は一生の趣味です。これからも山に邁進してください。  飯能駅前で懇親会  快い疲れ、お疲れ様でした。
 








14年5月中旬 陣場山〜景信山〜高尾山

                     日程:2014510
                     山域:陣馬山 ? 景信山 ? 高尾山
                     メンバー:新井OB、吉村元会員、豊田OB夫妻、計4名。

大学に入って間もなく、吉村君に頼まれて一緒に「山の会」の部室を尋ねました。部室は法学部にあり、前年に農大山岳部の「しごき事件」で死者が出た後だったので「一人では心細かった」のでしょう。八ヶ岳の新人合宿、夏合宿で北アルプスを一緒に縦走しました。

学業に専念する為か吉村君は退会しましたが、私は山を続け、四年目を休学してヒマラヤの西端にあるPakistanのヒンズーラジ山脈に遠征に出かけ、卒業直後、南米のアンデスに遠征、VenezuelaPico Bolivar(5,007M)Colombiaのコクイ山群で五千米峰を幾つか登りました。

今回、四十数年振りに吉村君と一緒に山を歩きました。新兵の二人をしごいた鬼軍曹、一年上の新井先輩も誘いました。

集合場所の藤野駅はツアーの登山客などで混んでいました。

無風快晴、絶好のハイキング日和です。陣馬登山口バス停から歩き始め、鶯などの小鳥が囀る一ノ尾根を辿り、振向くと木々の間に富士山が良く見えました。

陣馬山頂で写真を撮りながら休憩、小仏峠を歩く頃には疲れと空腹でペースが落ちてきました。城山では湯を沸かし、ゆっくりと昼食・休憩しました。陣馬山、景信山は人で一杯でしたがもみじ平の小屋近辺は人も少なく、また湯を沸かし、ゆっくりと休憩しました。

高尾山に着く頃には春霞と雲で富士山は殆ど見えなくなりました。

稲荷山コースを下り、麓の蕎麦屋で反省会、四十数年の空白があっという間に埋まった山歩きでした。

コースタイム:

陣馬登山口バス停発8:20 ? 9:20 (一ノ尾根の途中で休憩) 9:25 ? 10:05着 陣馬山頂上発10:25 ? 11:00着 明王峠発11:05 ? 12:10着 景信山発12:20 ? 13:00着 城山発14:00 ? 14:40着 もみじ台発15:00 ? 15:10着 高尾山頂上発15:20 ? 15:50着 展望台発16:00 ? 16:25着 ケーブルカー清滝駅







14年4月下旬 屋久島(宮之浦岳)

【時期】2014424日(土)〜26日(火)

【行程】東京羽田⇒鹿児島空港⇒屋久島空港(全員集合)⇒いわさきH⇒淀川入口→石塚小屋泊→宮之浦岳→新高塚小屋泊→縄文杉→白谷雲水峡⇒宮之浦港⇒指宿泊⇒知覧⇒鹿児島(解散)⇒羽田

【メンバー】:廣瀬OB、本橋OB、山根、笠原OB、別途山麓行動:廣瀬夫人、山根夫人(敬称略)


424日(木)東京→屋久島→岩崎ホテル→淀川入口→石塚小屋…晴曇り後雨と風

大分の広瀬先輩からのお誘いで屋久島を訪ねた。羽田空港で本橋先輩と合流し6:40の早発。鹿児島空港を8:308:55発で荷物も転送され、屋久島空港へ9:30に着き山根夫妻と合流した。レンタカーに乗った廣瀬夫妻が到着し6人と荷物を詰めて出発した。南国を思わせる暖気と陽光の下を海岸に沿って南へ向かった。安房大橋を渡り淀川への分岐を過ぎて尾之間へ走った。その間、故山口OBのご夫人に電話が通じぬまま、いわさきホテルに到着した。

屋久島イワサキH前
いわさきホテルは、アプローチの植え込みからゆったりとして豪華だった。山口夫人は所要で不在のため会えなかった。
屋久島イワサキHロビー
ホテルのロビーの高い吹き抜けには、巨大な屋久杉が飾られていた。廣瀬夫人と山根夫人は戻ってくるので荷物を預けた。6人を乗せたレンタカーは安房分岐まで戻り山道に入った。屋久島の海からそそり立つ地形を感じながらぐんぐん高度を上げると植生が変わり、猿が道を塞ぐようになってきた。尾立峠で荒川への道を分け、ヤクスギランドに至ると数台の車と人影があった。そこから緩い勾配を登り、紀元杉、川上杉などを車中から眺め通過した。
淀川入口
淀川入口(標高1360m)に11:50着くと涼しく駐車数台あった。ご夫人達2名に車を頼んで別れ、男性4名は山道に入った。
淀川上流
勾配の緩い巻き道を1時間弱かかって淀川小屋(1380m)に着くと、横を流れる淀川が川底の花崗岩質の明るい白さに水は無色透明で澄んでいた。
高盤岳
森の道は眺望が得られなかったが展望台に上がると、西500m先に高盤岳(1711m)があり、豆腐の形をした「トーフ岩」が山頂に見えた。北を黒味岳、投石岳など主稜の山々が見えるが主峰宮之浦岳は未だ見えない。手前にビャクシン岳(1670m)があって、今日の泊り場まではその先をぐるりと迂回しなければならない。夕暮れと雨が近づきつつあったが、途中、脚を痛めた青年が独りうずくまっていた。仲間が迎えに来る予定とは言うものの軽装が気になった。
小花之江河
小花之江河の次に花之江河(1630m)があった。これらは日本最南端の高層湿原だそうだ。地形上は鞍部状の広い平地で流れこむ川が無いが水が溜まっている。雨量が多いから雨水だけで涵養されるのだろう。降雨による寝食の激しい屋久島にあってよくこのような平地が残っているものだと感心した。
石塚小屋
花之江河から湿っぽい藪道を進み、丸木橋を渡り1つ目の水場で水を汲んだ。後背地は高差20mほどで鞍部(稜線)になる集水域の狭さだが意外に水量豊富だった。これは多雨気候と花崗岩質によると思った。夕暮れの石塚小屋に着いた。床は清掃されていた。小屋の周囲は藪で暗夜は方向を見失い易い。小屋から用たしに出て戻れない事故も発生しているそうだ。夜2人連れが到着した。

425日(金)石塚小屋→花之江河→宮之浦岳→新高塚小屋

石塚小屋出発
6時10分前に出発したが未だ暗い。東京から経度で9度余り西にあって太陽に向かう時間は約37分遅い計算になる。花之江河まで昨日の道を戻る。屋久の鹿は小柄で傍へ行っても避けてくれない。白骨化した鹿もあった。
花之江河東の小屋跡
花之江河の東に小屋跡の石組みが残っていた。55年前に本橋さんが小杉谷の森林鉄道を辿って安房川南沢に分け入り、旧石塚歩道を登った鞍部を越えてこの石組小屋に至り、ここから宮之浦岳を往復したそうだ。往時は屋久島に港が整備されておらず沖からはしけ(艀)に乗換えて上陸するなど不便と日数を要したもので、思い出に耽った。
花之江河携帯用トイレ
朝、携帯トイレを使った。便座が楽だった。凝固剤を振りかけ防臭袋に詰めてザックに入れた。不慣れな作業で余計な時間を費やし同行者を待たせてしまった。
いよいよ宮之浦岳へ向かう主稜部の縦走になるが空が重い。投石平手前で雨が落ち始めた。雨具を着用し、ゴム長靴の底を抜いて自作した特製スパッツを靴に被せた。屋久島の多雨対策として準備した。
宮之浦岳頂上
一帯は風を防ぐ樹木無く冷雨が叩きつけた。ダウンジャケットに雨を重く吸わせながらザックをルーズに背負い佇んでいる若者がいた。聞くと雨具は持っているというので着用と背負ベルトの締めを勧めた。世界遺産に登録されてからなのか登山らしくない者が上ってくる。…風に伏し視界が得られぬまま進み、主目的地の宮之浦岳(1935m)に着いた。さすがに寒い。記念撮影のみで下山にかかった。
平石
焼野三叉路で小休止した。晴れていれば良い所だろう。出発が遅れ行程が長いのでここからの永田岳往復は省略した。風に抗して降っていくと巨大な磐があった。平石だった。

新高塚小屋前
風と雨の当たる尾根の上下を繰り返しながらしながら下り、樹林帯に入ってさらに下り日暮れ前に漸く新高塚小屋(1460m)に着いた。小屋は樹木に隠れて直前まで分らなかった。小屋の手前に木製床が拡がりテントが数張り張られていた。小屋中には濡れ物が処せましと掛けてあった。食料も鼠対策に吊るした。

426日(土)新高塚小屋→縄文杉→大株歩道→白谷雲水峡→宮之浦港→指宿

高塚小屋
高塚小屋(1330m)は計画より1時間半の遅れの通過となった。高塚小屋は昨年建て替えられて新しいが若干狭く水場もない。横のトイレ棟で数人が作業をしていた。
縄文杉
少し下ると縄文杉の木製展望デッキに着いた。年間1万人以上もの人々が見にやってくるそうだ。ここへ往復するだけで11時間を要し、標高1330mも高いので私に日帰りは厳しい。
縄文杉
胸高周囲16.4mは日本で最も太いスギの木だそうだ。幹の表面が瘤や皺襞でごつごつしながらも滑らかさが感じられ、長い年月を生きて来た独特の風格を感じた。

人力担ぎ降ろし
辺りは鬱蒼として、巨木の根が雨に洗い出され、浮き上がった網目状の上にルートが取られ、根を踏みながら歩くのを遠慮したい気持ちになった。大きなタンク二つ(40L)を背負子で担いで行く人が次々と通る。小屋のトイレから糞尿を担ぎ降ろしているのだった。お蔭で快適な山旅ができて環境が護られていることに大きな感謝の念を新たにした。
夫婦杉
めおとスギは3mほど離れた2本の巨木の枝が高さ10mほどでつながっている。右(夫)の周囲は10.9m
大王杉
周囲11.1m。縄文杉が知られるまでは、屋久杉最大といわれて「大王」の名がつけられたそうだ。
ウイルソン株内部
300年前に伐採された切り株だそうだが、胸高周囲13.8mは太く、中は空洞になっていて、中に入るとお社が祀られ、川が流れていた。
ウイルソン株の賑い
この日はGWに入った週末でもあるので、ガイドさんに導かれた団体が次々と上がってきて、ウィルソン株の中へ入るのも順番待ちの状況だった。多い日には500人も登ってくるそうで、山道でのすれ違いに時間を要するほどになった。
翁杉
翁杉は、樹高23.7m、幹回り12.6mの巨木だったが、2010.9.11に高さ3mのところから折れているのが確認されたそうだ。推定樹齢2000年が残念。

大株歩道入口
大株歩道入口(920m)から楠川分れ(727m)まで緩い軌道上が続く。宮之浦港からの水中翼船の時間が気になっていた。廣瀬さんと山根さんは新緑の花々を愛でながら歩いていたが、私は肺機能低下で登りに時間を要するのでこの先の辻峠への登りを考慮して先を急いだ。本橋さんも身体を労りながらそれぞれのペースで歩いた。
辻の岩屋
楠川分れは見落としそうな場所だった。軌道を離れ
辻峠(979m)へ緩いが長い登りとなった。外国人ともすれ違った。峠の手前に巨岩があり、雨を避ける岩屋になっていた。峠直前の水場は水量豊富で美味しかった。
苔の森
ジブリのもののけ姫の舞台になったのはこの辺りか?巨木の朽ちた上に二代目〜三代目が育ち、曲枝が交差し、それらが1000年の歳月を掛けて絡まりつつ鬱蒼と苔生していた。
くぐり杉
屋久島の樹木は、多雨に土壌が流されるためか、花崗岩質に根を深く張れないためか、根が浮き出している。くぐり杉へ来たら根の下の洞の向こうにいる外国人の青年と目が合った。
苔の沢
苔の森は、沢の岩も苔生して緑色をしている。大雨の流水でも土砂を含まないことにより苔が削られないのかと思った。湿気に霞む向こうをもののけ姫が白犬に跨って走って行ったようでもあった。
白谷雲水峡バス停
白谷雲水峡は雲と水で言葉通りの景観だった。バス停に来て太古の鬱蒼から文明の端へと転換し、スマホの電波の届くところを探したがだめだった。上がってきたタクシーに頼もうかとしたが、結局バスに乗った。宮之浦港から水中翼船で指宿へ上陸し、指宿ロイヤルホテルでご夫人達と再会し6人となった。奥の座敷に案内され広々として豪華な宴に与った。
日本最南端の西大山駅
指宿から知覧へ向かう途中、日本最南端の標柱のある西大山駅で、開聞岳をバックに記念撮影をした。

(ただし沖縄にモノレールが走っているようだ)ここから、開聞岳のまじかを通り、池田湖の土産物店内の水槽にオオウナギが沢山飼われているのを見物した。

知覧特攻平和会館

知覧特攻平和会館へ寄り、タクシーの運転手さんが詳しくガイドしてくれた。(詳細省略)

喜入から観光列車「指宿のたまてばこ」に乗った。内装が木製でシートが海岸の方を向いて並び、車内に売店やカウンターがあって楽しい車両だ。鹿児島で廣瀬・山根ご夫妻と別れ、本橋さんが半世紀前に出張で鹿児島に滞在したころの味を探して昼食とした。鹿児島空港〜羽田を経由し、その日のうちに帰宅した。








14年4月 現役学生山行 丹沢葛葉本谷遡行
登攀を終えて三ノ塔ピークにて 左から山川、角田、真藤、松田
        日時:4月27日(日)
        場所:丹沢葛葉本谷
        参加者:山川(幹事長4年)、角田(4年)、松田(3年)、真藤(1年)、井村OB               以下井村OB記
       

昨年の秋、丹沢キャンプの時に山川(幹事長)と井村でモミソ沢を登り、山川はまた行きましょうと興味を持った。4月に何処かないかなと、人気のある葛葉川本谷を選び、角田と今年入った松田と真藤が参加して、5名で427日に遡行しました。

天候も良く、良い沢登り日和となった葛葉の入渓地で登攀準備を整えます。人気のある沢なので、あちこちで準備をするパーティーで賑やかです。

しばらく小滝を越えてゆくとF1で、その後F2は正面の乾いた岩を登り、F3は左側を登る。F4V字状の2段で左側のルンゼを登り、水流の多い滝をトラバースして、直上する。ザイルを出して井村が登り、皆メンバーは濡れながら登ってきた。今年入った2名も段々沢に馴れて、安定感が出てきます。間もなくF7 と林道が見えてくる。途中でも練習の為にザイルを出したりしたので、大分時間が掛かってしまう。F9のチョックストンの滝を超えると、F10富士形の滝が見えてきます。先行パーティーがいたので、大分待たされた。この滝は210mの滝で、まずは滝の左側のフェースを登り、右にトラバースして、クラックを直上する。ここもザイルを出して訓練した。ここまで山川と井村がトップを交代してきた。

これで核心部はほぼ終わりで、詰めに向かって崩れやすい沢筋を、落石に注意しながら、黙々と登る。4月の沢登りのシーズン初めのせいか、岩が安定していないので、途中から左の草付に入ったが、踏み跡が安定せずピッチが上がらず。暫くすると三ノ塔尾根に出た。三ノ塔ピークで健闘を称えて握手。三ノ塔尾根を下らず、ヤビツ峠経由で下山したので、大分時間が掛かってしまった。

秦野で完登を祝して、ビールで乾杯でした。

トップを登る山川(幹事長) 松田・山川
富士形の滝を登る松田 角田・真藤・松田 
沢の棚で 山川・松田・井村・真藤
バランスよく登る 三ノ塔ピーク/登攀を終えて/山川・角田・真藤・松田